鷹揚な、大人の世界。

昨夜は、仕事がらみのちょっとした接待でした。
オジサマに高級天ぷらで懐柔された私は幹事を引き受け、
それなりのメンバーと店を押さえました。


当日の夕方、例のモテキ男子から慌てた様子で電話がかかってきました。


「あのっ、雪ぐまさんすいません。俺、まだ参加するって連絡してなかったですよね…?」


ええ。
私はにこやかに応えました。


「でも、ご参加されるでしょう? ○○さんから、同僚の方もご一緒にってうかがっていますよ」


実は、モテキくんには直接会った時やメールなどで3度も出席確認してたのですが、
うにゃうにゃ言うばかりではっきりした回答がなかったため、
待っていても埒があかないと思った私は、3日前の段階で、
彼の同僚女子にお願いして、一体どうする気なのか探りを入れてもらっていたのです。


そしたら、自分だけでなく、自分が今、仲良くしてる営業(♂)も
一緒に連れてっていーかなー?みたいに言っているとの情報だったのです。


主催のオジサマは、モテキくんの直接の上司。
本来なら幹事役はモテキくんがやらなきゃいけないくらいですが、
オジサマも無理だと思うから、私に頼んでくるわけで……。


そのことに気づかないのもどうかと思いますが、
いずれにしてもよほどの用がない限り、出席せねばならない立場ですから、
うにゃうにゃと回答を引き延ばす理由が私にはわからない。


そして、自分だけならともかく、誰か連れてきたいなら、
はやく連絡して席を確保しないといけないんでは?


でも、そんなことではすでに私も動じなくなっているので、
勝手にモテキくん+αの席を確保し、待っていたというわけ。


「あっ、よかったー。じゃ、二人でうかがいますんでヨロシクお願いしますっ」


さて、会が始まりまして、案の定、モテキくん+αが現れない。
30分たっても、なんの連絡もありません。


先週のうちに、「業務で少し遅れるかもしれない」と
連絡をくれていたモテキくんの同僚女子は15分程度の遅れで到着し、
いつまでもモテキくんたちが現れないのでそわそわし始めました。


なにしろ、クライアントが何人もいる席です。
居酒屋というわけでもないので、先付や向付が順序良く運ばれてきます。


オジサマやクライアントはさほど気にかけない様子で談笑していますが、
同僚女子は気が気じゃないようで、40分経った段階でそっと席を立ち、
電話をかけに行きました。


戻ってきて、申し訳なさそうに私に囁きます。
「すみません、今、大手町で、あと10分ほどで着くそうです」


気にせず、食べましょう。しょうがないもん。
私は笑って、彼女を促しました。
予測範疇なので、もはや動じません。


ほぼ1時間遅れでやっと現れたモテキくんは、
ちっとも申し訳なさそうに、「すんません、仕事が終わんなくて」とニコニコしていました。
「ちゃんと連絡しなさいよ」とオジサマは注意しましたが、
鷹揚な言い方だったので、あまり深刻にとらえてはいないでしょう。


クライアントは失笑して、でもまたオジサマとの会話に戻りました。
その内容は、暗にオジサマの退職時期を先へ伸ばすように要請するものでした。
この10月で退職するつもりだったオジサマは、困ったようにのらりくらりと応じています。


遅れてきたため末席に座らされたモテキくんは、
一気に並べられた冷めた料理を「おぉ、フルコースだ」といって
無邪気に食べ始めましたが、そのうち、クライアントの話を気にしはじめました。


こっそり私に話しかけてきます。


「○○さん(オジサマ)の退職の話ですかね」
「そうね。その話じゃない?」
「……俺じゃ頼りないっつーことスかね」


当たり前でしょうw
私はほんとうにおかしかったのですが、本人は気づかないものなんですね。
プライドが傷ついたというような拗ねた顔で、鮎を齧っています。


決断力がないことも、空気が読めないことも、役割がわからないことも、
するべき連絡が早急にできないことも、なんでも先延ばしにすることも、
遅れる時に電話一本さえ思いつかないことも。


その“マズさ”に気づかないことも。


社会では、誰も注意してくれません。
ただ失笑されて、ゆるやかに流されていく。


それでも運が良ければ出世できるかもしれない。
たとえば圧倒的に利益を生み出す仕事をすれば、
ダメも「個性」と言われ、たいていのことは目をつぶってもらえるし、
彼はまったく悪気はないから、面倒見のよい仲間や取引先に恵まれれば
「しょーがねーな…」とブツブツ言われながらも仕事はまわっていくでしょう。


そういえば先日、モテキくんがランチをご馳走してくれ、すごくうれしそうに
「○○さん(オジサマ)に、雪ぐまさんと一緒の時は経費でランチ食っていいって言われたんスよー」と、話していました。


この時も、私はすごくおかしかった。
なるほど、そういうこと。
たぬきオヤジ、一枚上手ねw


その意味が、彼にわかる時がくるのかな。
まだブツブツとクライアントの言動を気にしているモテキくんの相手をしながら、
次のランチは鰻を食ってやるわと決意した私なのでしたw