いしよし小説『ルームナンバー1444』第二話


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ところが予想は裏切られて、
その日のランチにも、彼女はひとりでレストランに現れた。


ふと見ると外は、スコールのような突然の雨。
どうやら出かけるタイミングを失ったらしい。


オープンキッチンではないけれど、
配膳窓から客席の様子をうかがうことはできる。
いつもは気にしないのに、今日は妙に客席が気になった。


ウエイターが、彼女に駆け寄ってメニューの説明をしている。
そんな熱心に説明するほどのメニューじゃないんじゃない?
あたしは肩をすくめて苦笑した。


台風が近くを通過しているせいか、
雨は時折、強風をともない、音を立てて窓に弾ける。
上陸しないだけラッキーだけれども、旅行客には残念な天候だろう。
彼女もテーブルに肘をつき、ため息まじりに外を見ている。


せめて、おいしい郷土料理を食べさせてあげたい。
そう思ったけど、新米がむずかしい料理を任されるわけもなく、
あたしはただうつむいて、エビの殻を剥くばかり。


ランチタイムを終えると、ディナータイムまで休憩時間になる。
いつもは原チャリを飛ばして家に帰って昼寝してるけど、
雨だから仕方なく、従業員の休憩室へ向かった。


「あ……」


ロビー脇を通りかかった時、ソファのところで彼女が、
所在なさげに雑誌を読んでいるのが見えた。
ファミリー客は雨にも負けずレンタカーで観光に出たようだけど、
彼女はきっと、レンタサイクルでの観光でも考えていたに違いない。


 なぜ、一人でこんな南の島へ来たんだろう……


そんなことを考えていたからか、彼女がフッとこっちを見た。
しまった!と思ったけれど、もう遅い。
彼女がニコッと微笑んできて、あたしはぎこちなく会釈を返した。


「あの…」
「は、はい」


甘いソプラノで声をかけられ、柄にもなく緊張してるのがわかった。
でも、案じることもなかった。
彼女の質問は、ごく観光客らしいものだったから。


「岬までタクシーで行くと、いくらくらいかかりますか?」


やれやれ、あたし、なにを期待してるんだか。
「お茶でも飲みませんか?」だなんて、言われるはずもないのに。


「岬まではけっこうかかりますよ、片道3000円くらいでしょうか」
「そうですかぁ。うーん…」
「バス、運休ですか?」
「そうみたいなんです。午前中は走ってたんですけど」
「風が出てきましたからねぇ」
「あーあ、ぼやぼやしてないで、朝のうちに行っちゃえば良かったな」


かわいらしく唇を尖らせる。
見かけよりもずっと親しみやすい性格みたいだ。
フッと肩の力が抜けて、あたしは笑った。


「でも、行ったら行ったで、帰って来られなくなってましたよ?」
「あ、そっか。そうですよね」
「夜には晴れるそうですよ。岬は明日にして、今日は近場にしたら?」
「うーん、でもこの雨ですから……」


今日は、お部屋でのんびりします。
しょんぼりと彼女はそう言って、雑誌をぽそりと棚に戻した。


「教えてくれてありがとう。じゃあ、お部屋に戻ります」


彼女はそう言ってほほえみ、かすかに頭を下げた。
それがとても、なんていうかきちんとして見えて、
立ち去りかけた背中に、思わずあたしは声をかけた。


「あの!」


驚いたように彼女が振り返る。


「はい?」
「えーと、あの〜……、もしよかったら、そのへん案内しましょっか?」


彼女が、目を丸くした。


「これから?」
「あ、いや今日は雨なんであれですけど、もしよかったら」


なに言ってんだ、あたし。自分でもわけわかんね。
あわてて、言葉をつけ足す。


「えーと、また晴れた時とか?」


こんなわけのわからない提案、嫌がるか、遠慮するだろう。
そう思ったけど、彼女はとてもうれしそうに笑って、
それからかわいらしく首をかしげた。


「ほんとですか? 私、一人旅なんです。だから、ほんとにおつきあいしてもらえるとうれしいんですけど……」


いいっスよ。
あたしは、とっさに嘘をついた。


「明日とか、休みですから」


激怒するマネージャーの顔が浮かんだけど、もちろん無視した。
すべての都合を無視して、彼女を優先すべき。
そんな直感が、あたしを動かしていた。


「えー、ほんとにほんとにいいんですか!?」
「いいっスよ。どうせあたしヒマ人なんで」


彼女がおかしそうに両手を唇にあて、花のように笑った。


=続く=

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


また明日、更新しますね。
今日は日本酒飲んでまーす。