いしよし小説『ルームナンバー1444』第一話

懲りずにもう一本投下します。


でも、たぶんこれが最後です。あるいはずっと先。
他にもいくつか見つけましたが、大幅な加筆が必要で、
今の私にはそれらを完成させる理由が見つからないのです。


やや長めなので、4〜5回にわけて更新します。
いしよしだけど、コメディじゃないですね。
私自身は好きな話ですが、おそらく当時UPするにはためらいがあったのでしょう。


では、よろしければおつきあいくださいませm(__)m


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『ルームナンバー1444』


花が、歩いてくると思った。
目も眩むような陽射しのなか、
真っ赤に咲いたハイビスカスの花。


ホテルの朝食バイキングは、騒がしい家族連れや
館内着を来たままの客たちでごった返していた。


その花は、雑然としたフロアにやや戸惑ったようだったけれど、
ホテルステイに慣れているらしく、
すぐにフライパンを振っているあたしの姿を見つけた。


「焼き立て、お願いしていいですか?」


花が、歩いてきたと思った。
目も眩む陽射しのなか、真っ赤に開いたハイビスカスの花が、
あたしに微笑んで、オムレツを、オーダー、した。


「あの……?」
「あ、失礼しました。もちろん、どうぞ」
「ありがとう。じゃあオムレツ、お願いします」
「具は、どうされますか?」
「えーと、チーズとマッシュルーム。チーズをいっぱい入れてください」
「チーズとマッシュルーム、チーズ多めですね」
「はい。ちょっとゆるめがいいかな」
「かしこまりました」


昨日の朝はいなかったから、この島に着いたばかりのゲストだと思う。
まるで生まれたときから南国育ちみたいな肌だ。


花のような彼女は、妙にわくわくした顔であたしの手元を覗き込む。
何百回つくったかわからないオムレツをつくる指先が震えた。


「お待たせしました」
「ありがとう。やっぱりオムレツは焼き立てですよね」


ニコッと微笑んでプレートを受け取る
その洗練された仕草が、こんな観光ホテルには不似合いだった。
あたしたちのやりとりを見ていた他の客が、
自分も焼いてもらっていいのかしら?と、おずおず近寄ってくる。


もちろん、どうぞ。
あたしはなけなしの愛想笑いを浮かべた。
勝手につくって、どんどん皿を並べとくほうが楽だけれども。


スカしたリゾートホテルの真似をして、
朝食バイキングに卵料理の調理スペースを設けたのは半年前。
支配人があたしを呼んで、吉澤が担当だと命じた。


高校を出てから気楽なバイトを転々としていたあたしは、
いいかげん業を煮やした父親のはからいで
この少々時代遅れの大型観光ホテルに就職したばかりだった。


フロントはイヤだから調理場に入ったのに、
結局、接客させられるのかよとげんなりした。


 もっと笑え。きれいな顔してるんだから。
 もっと愛想良く。ルックスはいいんだから。


そんなふうに言われるたびに、辞めてやろうと思った。
たぶん、人前に出るのが苦手なんだろう。
裏方で黙々と、職人みたいな仕事してるほうが性に合ってるのに。
なのに、なぜだかいつも引っ張り出されてしまう。


今回もまたこんなはめになってと思ったけれど、父親の手前、
そしてバイトとは違って正社員という立場を与えられたことが
苦手な仕事の中でも、あたしをなんとか踏みとどまらせていた。


それに、注文される前にどんどんオムレツをつくって出しておけば
その皿を黙って取っていってくれる客ばかりだったから、
たいして言葉を交わすこともなかった。


オムレツはもちろん、つくり置きより焼き立てがいいに決まってる。
自分好みにオーダーをするために、この調理ブースはある。
だけど、これまで誰も、あたしを正しく使わなかった。


今日、初めて正しくあたしを使ってみせた彼女せいで、あたしはにわかに忙しくなった。
我も我もと押し寄せてくる客に焦りながら、あたしは横目で彼女を盗み見た。


窓際の席でひとり、トーストにオムレツをのっけて食べている。
連れがいないんだろうか。
まさか、こんな南の島で?


そうか、朝寝坊なカレシを部屋に残して、
さっさと自分だけ朝食を取りにきたのかもしれない。
時々、眩しげに窓の外を見る、その穏やかな様子からそんな気がした。


まさか恋人がいないはずはない。
そう思わせる人だった。


=続く=
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明日、また更新しますね。
おやすみなさい(^^)