毎日いろいろかんがえる。
あちこちの掲示板をふらふら覗いていたら、「原発の技術自体は超安全だよ。管理する人間がずさんなだけ。車と同じ」という書き込みを見つけました。
きっとそうなんだろうな。
車の事故だって車が勝手に暴走するわけじゃない。人が暴走させてる。飲酒運転とか居眠り運転とか信号無視とか、心ない愚かな理由で。
さて、今日もとても悲しいことを知ってしまった。
→10キロ圏内、遺体収容できず=福島第1原発、放射線量高く―警察庁
そっか、そういうこともあるのですね…。なんて悲しい…。
私は、人生、愛し愛されてれば99%幸福というロマンチストの甘ちゃんなので、こういう話は本当に胸が痛い。
この方にも恋人やご家族がいるでしょう。
愛する人が亡くなっただけでも耐えがたいのに、その遺体がよりによって放射能のせいで、収容さえできないなんて。
亡くなっても触れたい、顔が見たい、きちんと荼毘に付したい、ていねいに弔ってあげたい。そんなことさえ叶わない人が、いま日本に、実際に、たくさんいるという事実。
津波で海の底にいってしまったと思う悲しさも壮絶だけれど、放射能だと!? という怒りと空しさははかり知れないことでしょう。
だって、人災だからね。そこにいるってわかってるのになぜだ、いつになったら収容できるんだ、もしかしてずっとそのままか…? こんな思いのまま、「自主避難」と言われても離れられない方々も、きっといるのでしょうね。
だけどもし政府がね、そんな人たちを思って、どうぞご自由に、強制的な避難指示は出しませんといってるならまだましなんだけどね。
どうせ、とんでもない額になる補償のことでも考えて「自主的に」なんて都合のいいこと言ってるんでしょって、思わせられちゃうところがいやだな。
そりゃあ人生、自己責任だけどさ。
こんな一方的に迷惑かけられて、事態が早期収拾するめどもなく、屋内にじっとしてなきゃ危ないっていうような空気のエリアで、「逃げるも逃げないもご自由です」と言われたら。
まあ、私ならとっくに退散だけれど、しがらみや生活不安から、簡単にそうはできない人たちだっていっぱいいるだろうことは想像がつきます。
そういうの考えてあげるのが、人道的ってことだと思っていたけど。
そんな中、おや人道的だわと思ったニュースもあって。
→経団連会長「法人税減税やめていただいて結構」 震災復興のために
まああ、あの強欲経団連が…(失礼w)。
あれほど主張していたことを、「結構」ってパッと引き下げたのがかっこいいわね。
「国民が総力を挙げて震災復興を援助していかなければならない」、ほんとその通り。
私たち国民も、なんらかの痛みを覚悟しないといけないでしょうねぇ。
「痛み」がはやった小泉政権以来、ずっと痛みっぱなしね。
だけど今度こそは、すすんで引き受けるべき痛み。
不幸に襲われた被災地の人たち、そして原発周辺の人たちのためにも。
がっ。
まず、日本の存亡に関わるほどの巨大事故を起こした東電と日本政府の責任を正しく追及して、補償させるべきはさせなくてはならないわ。
現場はともかく幹部連中には、よもやおめおめと天下りだのボーナスだの保養所などとふざけたこと言ってんじゃないわよとキビシーこと言わなくちゃいけないし、うちらが痛む前にあんたたちが先でしょという口が腐りそうなことを言い続けなきゃいけない。
うんうん、はいはい、どうぞどうぞっていう、羊のようにおとなしい日本の文化(?)は、もうおしまいです。
といっても、私たちの手には清き一票くらいしかないんだけどね。
まあ、大切に使いましょ。もうほんとに無駄にできない状況だから。
あと、やっぱりこういうブログとかツイッターとか個人的なメディアで、自分の意見を書くことも大事なんだなあって思うのね。
ほんの10年ほど前には考えられなかったけど、いまって誰にだってこっそり、すごく簡単に、ワールドワイドウエブ上に自分が思うこと呟くことができる。
それを見知らぬ誰かが読んで、ふうんって思ったりする。
反対、賛成、いろいろあっても、そういうたくさんの交錯が、ごく自然に大きな世論ってやつに育ったりすると思うのね。
ネットでのクチコミがさかんになってから、よくない商品やお店はどんどん淘汰されていったように、もう大企業や政府が、いろんなことごまかしたり、一部の人にだけ都合よく物事をすすめたりできない世界に、すこしずつなっていくんじゃないかな。
そうならなきゃいけないですね^^